
1970年、奈良県で創業されたダイワ産業は、国産材を使った木製品の製造販売を行っている。
「長年、伝統的な木製品の製造を行い、モノづくりの現場を支えてきた企業だ。」
そのダイワ産業で、現社長の中西正智さんが目指したのは「木の新たな価値の創造」。
その想いから立ち上げられたのが、自社ブランド「TEUD」だ。
中西さんの尽きることのない探究心と既成概念にとらわれない姿勢が、「TEUD」の輪郭をカタチ作っている。

期待を受け、覚悟を決める
ダイワ産業のはじまりは、配置薬の箱づくりだった。
「木箱を作り始めたのですが、すぐにプラスチック製へと置き換わっていき、木箱は売れなくなっていきました。次の製品を考えなければいけなくなった時に自社に桶が作れる職人さんがいることに気付いたようでした」
そうして同社は、「桶作りの会社」としての道を歩み始める。
「祖父は桶職人として働き、父は営業として全国の大手小売店にすし桶を販売していました」

そんな環境の中で育った中西さんだが、社会人になってもすぐにダイワ産業へ入社しなかった。
「ある日、父から『25歳になるまでに、自分の道を行くのかダイワ産業に入るかを決めろ』というようなことを言われたことがありました。それを聞いて、ダイワ産業に骨を埋める決意をしました」
こうして中西さんは、25歳の時に営業としてダイワ産業へ入社した。
未知だからこそ面白い
中西さんが入社した頃には、すでに桶の仕事は減少していた。
「桶とは別に、まな板を作る仕事も始めていました。月に200〜300枚くらい作って売っていて、当時は『まぁこんなもんかな』と思ってましたね」
その状況が、しばらく続く。
だが、入社から5年ほど経った頃、はっきりとした感覚が生まれた。
「このままでは未来がないと思ったんです」

ここから、中西さんは自らの意思で、会社の可能性を探り始めた。
「それまでは、自分たちがやったことのない仕事の相談はほとんど断っていました。作ったことのない製品をうまく作ることができるかという心配はありましたが、この時から、私が引き受けてやってみることにしたんです」
当然、分からないことばかりだった。
「とにかく全部、自分で調べてましたね。塗装の方法が分からなくて、繋がりのない他社さんに電話して、工場見学をお願いしたこともあります。分からないことこそ、やりたい」
この探究心の強さが、後の商品開発へとつながっていく。

既成概念にとらわれない
ダイワ産業を象徴する特徴のひとつが、食洗機対応の木のまな板だ。
「ずっと木のまな板は食洗機は使用不可だったんです。でも、そもそも食洗機ってなんで使えないの?って思ったんですよ」
この素朴な疑問を起点に、自社の加工ノウハウを活かし、木の表面から水が染み込みづらい構造を考案。

こうして食洗機対応の木のまな板が生まれた。
「大前提として、当社の商品にはこうした機能的な便利さは必ず取り入れます。その上で、木のナチュラルさ以外が伝わるデザインにこだわっています」
中西さんにとって、木の価値は「自然素材」であることだけではない。
「木の新しい価値を創造したいんですよね」
ダイワ産業/中西さんの強い探究心によって、少しずつ覆されてきた木製品の常識。
その積み重ねの先に、「TEUD」というブランドは静かに立ち上がっている。



